横浜地方裁判所 昭和50年(ワ)868号 判決 1980年3月28日
原告 佐藤弘毅 外三八名
被告 三菱重工業株式会社
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者双方の求めた裁判
一 原告ら
1 被告は原告らに対し別紙債権目録記載の各金員およびこれに対する昭和四九年五月二一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言
二 被告
主文同旨の判決
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は、本社を東京都千代田区に、事業所を全国一三か所にそれぞれ設け、造船、重機械、航空機等の製造等を目的とする会社であり、原告らは、昭和四九年四月当時、いずれも被告横浜造船所の従業員で、かつ、総評・全日本造船機械労働組合三菱重工支部横浜造船分会(以下分会という)所属の組合員であつた。
2 被告は、原告山本秀雄が同年四月一四日に、同原告を除くその余の原告らが四月一三日、一四日の両日にそれぞれ欠勤したとして、同年五月二〇日の賃金支払日に、原告山本秀雄については一日分、その余の原告らについては二日分の各賃金を控除した。その額は別紙債権目録記載のとおりである。
3 しかしながら、被告横浜造船所においては、四月一三日(土曜日)、一四日(日曜日)は社員就業規則(以下就業規則)所定の休日であるから、休日に出勤、就労しなかつたからといつて原告らの右両日の賃金が控除されるいわれはなく、被告の右賃金控除は不当である。
4 よつて、原告らは被告に対し、別紙債権目録記載の各金員およびこれに対する支払期日の翌日である同年五月二一日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告の答弁、主張および抗弁
1 請求原因1、2を認める。同3のうち、四月一三日、一四日が就業規則所定の休日であつたことを認め、その余を否認する。同4の主張を争う。
2 原告らの本件請求はいずれも失当である。
原告らは、本訴において賃金の支払を求めているが、被告の社員賃金規則七条は、「本給は一か月(一賃金締切期間)の所定労働日の所定労働時間について定めたものとする。」と規定され、本給(勤務給等も同じ)は賃金締切期間である一か月の所定労働日の所定労働時間に対して支払われるものであり、いわゆる月給制ではなく月額制であるから、従つて、一か月の本給等の額がいくらで、一か月のうち何日と何時間就労したかを主張、立証しないかぎり、賃金請求権は認められないところ、原告らにおいてかかる点についての主張すらないのであるから、本訴請求は失当である。
仮りに、被告において賃金控除をなしうることを主張、立証しなければならないとしても、後記のとおり、休日振替が有効である以上、原告佐藤弘毅ら三八名が四月一三日、一四日の二日間、原告山本秀雄が四月一四日に、それぞれ就労日であるのに勤務を欠いたのであるから、その分の賃金が控除されるのは当然であり、原告らの本訴請求は失当である。
3 抗弁(休日振替)
被告は、同年四月一一日(木曜日)、一二日(金曜日)の両日に国鉄、私鉄、市営バス等の交通機関の労働組合によるストライキ(以下交通ストという)が行われることを理由に、同月一三日(土曜日)、一四日(日曜日)の休日と振替えて、一一日、一二日を休日、一三日、一四日を出勤日とする休日振替措置(以下本件措置という)を行つた。これにより一三日、一四日の両日が出勤日となつたところ、原告らにおいて出勤しなかつたので、被告は、右両日に出勤しなかつた原告らの当該賃金分を控除したものである。
(一) 本件措置の正当性
(1) 本件措置は、就業規則二八条一項の「業務上必要がある場合は前条の休日を他の日に振り替えることがある」との定めに従つて実施されたものである。ところで、いわゆる週休二日制や祝日の増加は余暇を拡大し私生活の上で休日利用を促進させたが、一方、技術や生産効率の高度化、複雑化の進んだ現代においては、休日振替を必要とする事態の発生も避けられないところであり、そこで、右規則二八条一項は「業務上必要がある場合」との要件のもとに休日振替の規定を置き、企業活動と私生活の調整、調和をはかろうとしたものであつて、極めて合理的である。
(2) 本件措置当時、「業務上の必要」が次のとおり具体的に存在した。
ア 業務繁忙
被告は、昭和四八年までのいわゆる高度経済成長および空前の造船ブームの影響で、昭和四九年三月末現在の手持契約高(次期以降に消化すべき手持工事の契約高)が二兆円に達し、横浜造船所においても二〇〇〇億円を超え、そのため膨大な工事量をいかに効率的に消化するかが被告の最大の課題であつた。同造船所における昭和四九年度上期(四月から九月)の予想工事量は同造船所従業員の定時間労働能力の二倍を超え、従業員の時間外労働および外注等に依存せざるをえない状況にあり、同年四月当時、従業員の時間外労働時間数が一人一か月平均三一・四時間、休日出勤が一人一か月平均一日以上に達していた。このような状況のもとで交通ストが行われることになつたのであるが、同造船所における作業は職種の異なる数人以上のグループが共同して一つの製品を作り上げていく作業が多いので、交通スト実施日における後記の従業員出勤予想状況のもとでは、作業工程の円滑な推進が困難であり、作業工程の遅延はもとより、場合によつては全体の生産工程が停止する可能性もあつた。
イ 交通ストの実施
国鉄労働組合(国労)、国鉄動力車労働組合(動労)は同年四月一〇日から一三日まで、日本私鉄労働組合総連合会(私鉄総連)は四月一一日、一二日の両日に、日本都市交通労働組合連合会(都市交通)、ハイヤー・タクシー関係労働組合は四月一一日から、それぞれストライキを実施する予定であり、特に四月一一日、一二日の両日は、国鉄、私鉄、都市交通等ほとんどの交通機関が途絶する空前の交通ゼネストが行われる計画であつた。当時、被告横浜造船所横浜工場、本牧工場に勤務する従業員数は合計六三五一名であつたが、そのうち国鉄、東京急行電鉄、京浜急行電鉄、相模鉄道、横浜市営バスなど交通ストライキに参加する公共交通機関以外により通勤している者は僅か一〇四五名で、交通スト当日、交通ストに参加しない神奈川中央交通バス、自家用車、自転車、徒歩等で出勤可能な者は約二〇〇〇名程度であり、出勤率は三〇パーセント程度と推定された。そこで、被告は、バスのチヤーターや宿泊所の手配等の努力をしたが、チヤーターできたバスは二〇台にも満たず、また、同造船所内に約二五〇名宿泊できる施設はあるが、近隣の旅館、ホテルは絶対数が不足しているうえ、既にほとんど予約済であつた。そのうえ、仮りに何らかの方法で出勤が可能であつたとしても、大規模な交通ストの中での出勤であつて、出勤する従業員の蒙る時間、労力、費用等の損失は測りがたいものがあり、他方、代替交通手段を持たない従業員は不就労手当として平均賃金の七割の支給を受けるのみとなる。
(3) 被告は、右の事情を考慮のうえ、同年四月三日に本件措置をとることを決定し、その際、交通ストが回避されれば休日振替を直ちに中止することとし、中止する場合の決定を四月一〇日に行うことをも合わせて定め、これを全従業員に予告し周知させた。すなわち、四月三日には人事課長通達で全社員に対し右の決定を通知し、四月四日、五日、八日、九日には右決定の内容を構内放送によつて伝達し、また、横浜工場正門、高島門、本牧工場正門の三か所の掲示板に右決定の内容を掲示した。そして、四月一〇日には交通ストの不可避であることが明らかになつたので、被告は本件措置の実施を最終的に確認し、前同様の方法で周知徹底をはかつた。
(4) このように、本件措置は内容、手続ともに誤りはなく、正当である。
(二) 原告らは本件措置を承認している。
原告佐藤弘毅、同平塚春美、同菅原伊始昭、同野村耕一、同町田勇、同富田一之、同田口哲雄、同村上圭三、同堀田正雄、同佐藤長海、同大沢岩夫、同尾形敏夫、同菖蒲侑史、同安田和夫、同臼井武彦、同山口錦訓はいずれも被告が休日に振替えた四月一一日、一二日に休日出勤し、休日出勤手当を受領している。また、原告山本秀雄は四月一一日、一二日に休み、被告が就労日に振替えた四月一三日に通常出勤している。なお、原告秋山林一は四月一一日、一二日をストライキであると称して就労せず、原告菅野章は、本件措置当時、春闘の指名ストライキ中であり、原告品川越郎は、四月一一日から一四日までの間、被告横浜造船所に全く姿を見せなかつた。このような原告らの行動からみて、原告らは本件措置を承認していたものであることが明らかである。
三 抗弁に対する原告らの答弁および再抗弁
1 抗弁冒頭事実のうち、四月一三日、一四日が出勤日となつたとの点を否認し、その余を認める。
同(一)(1)のうち、被告主張にかかる規則の定めのあることは認めるが、その内容が合理的であるとの点は争う。労働者の同意なく一方的に休日振替ができる旨の就業規則の定めは労働基準法の精神に違反して無効である。
同(2)アのうち、被告の業務が多忙であつたことは認めるが、その具体的内容は不知。
同(2)イのうち、主張のような交通ストが実施されることになつたことは認めるが、その余は不知。
同(3)、(4)を否認する。
同(二)のうち、被告主張の原告らが四月一一日、一二日に出勤し休日出勤手当金を受領したこと、原告菅野章が指名ストライキ中であつたことは認め、その余は否認する。原告らは、右両日を通常の就労日として出勤したもので、休日出勤したものではない。また、休日出勤手当金は翌月の給料と一緒に支払われたものをそのまま受領したにすぎず、休日の割増手当であることを知つて受領したものではない。したがつて、原告らが本件措置を承認していたものではない。なお、原告らは受領した休日出勤手当金を本件未払賃金と相殺したうえ、残余があれば返還する用意がある。原告菅野については、ストライキ中であつても休日の場合は不就労とはならないから、賃金控除されるいわれはない。
2 再抗弁(休日振替の無効)
本件措置は次のとおり無効である。
(一) 労働基準法三五条違反
休日振替は、労働義務のない日時に労働義務を発生させる点において休日労働ないし時間外労働と異なるところはなく、休日労働ないし時間外労働の場合に使用者が個々の労働者の同意がないのに一方的に労働義務を課することができないと同様に、休日振替の場合も個々の労働者の同意が必要である。ところで、本件措置については原告ら個々の労働者の同意がなかつたのであるから、使用者である被告は、所定休日である四月一三日、一四日の特定した休日を剥奪し、原告らに対し、休日を与えなかつたことになる。したがつて、本件措置は労働基準法(以下労基法という)三五条に違反して無効である。
仮りに個々の労働者の同意なしに休日振替が許容される場合があるとすれば、少なくとも次の四つの要件、即ち、(1)就業規則に具体的事由を明示した振替の規定があること、(2)社会的妥当性を持つ一定期間(最短一週間)以前に振替の予告をすること、(3)振替によつて休日となる日を予告の日に特定すること、(4)振替えるに足る合理的理由の存在の具備が必要であると解されるところ、(1)については、被告の就業規則には休日振替に関する規定は存在するものの振替の要件が抽象的であつて具体的事由の明示がなされていないこと、(2)、(3)については、被告の予告は振替えた休日の前日(四月一〇日)であつて社会的にみて妥当な期間を置いた予告とはいえず、仮りに、被告の予告が同月三日になされたとみれば、その際には未だ振替えるか否か未確定であつて振替休日が特定していなかつたこと、(4)については、たとえ、当時の被告の業務が繁忙で、交通ストの実施により出勤者数が激減するとしても、これが休日振替の合理的理由とはなし難いこと、以上のとおり本件措置は前記の要件を充足していないので、このような場合、原告ら労働者に所定休日を与えなかつたことになるから、前同項に違反して無効である。
更に、本件措置により、四月七日からの週は法定休日が二日となるが、同月一四日からの週は法定休日が無くなるので、本件措置は同条一項に違反し無効である。なお、本件の場合、毎週一回の休日を保障した同項の適用を除外しうる合理的理由はないので、同条二項の適用はない。
(二) 労働協約違反
昭和四八年一二月二六日、被告と分会との間で、休日振替を含む昭和四九年度の年間休日に関する協定が成立した。なお、被告横浜造船所には、分会のほかに同所の分会所属以外の従業員で構成する全日本労働総同盟全国造船重機労働組合連合会三菱重工労働組合横浜造船支部(以下支部という)があるが、被告と支部との間においても右の協定が成立しているので、右年間休日協定は労働協約として規範的効力を有する。右の協約は書面にして労使双方が署名又は記名押印するという方法はとられていないが、被告と分会との間では賃上げや一時金の定めについてもかかる要式はとられていないので、書面にしていない、あるいは、署名、記名押印がないからといつて労働協約としての効力がないということはできない。右協約により、労使間で、被告の就業規則二八条一項の休日を振替える権利の行使が事前に限定され、右年間休日協定による振替以外は被告による一方的な休日振替はしないとの合意がなされたものであるから、したがつて、本件措置は右協約に違反して無効である。
(三) 労使慣行違反
被告と分会との間では、いつたん決定した休日あるいは休暇は、分会の同意がなければこれを変更しないとの労使慣行が確立していた。本件措置は右労使慣行に違反して無効である。
(四) 不当労働行為
被告は、分会に対し、同年四月三日に休日振替の提案をなしたが、その時点では既に支部との間で休日振替に関する協議を整えていたのであり、また、従前の慣行に反して分会の反対を押切つて本件措置を強行したうえ、賃金控除までしたものであつて、これは分会を敵視、嫌悪する被告の分会員を差別した不利益取扱いであり、したがつて、本件措置は不当労働行為に該るものとして無効である。
(五) 就業規則違反
被告の就業規則二八条一項には、「業務上必要がある場合」ならびに「災害その他避けることのできない事由によつて臨時の必要がある場合」には休日振替をすることができるとの定めがあるが、労働者にとつて休日は賃金と並ぶ重要な労働条件であるから、使用者の一方的な変更措置によつて休日の剥奪が許されるはずはなく、休日の変更には十分な合理的理由と必要性がなければならないところ、その理由と必要性がなかつたのであるから、前記就業規則の要件をも具備せず無効である。
(六) 権利の濫用
被告は、四月一一日、一二日に交通ストが実施されるという理由のみで本件措置をとつたものであるが、このような理由で労働者の休日を奪うことは許されず、仮りに、業務繁忙等の必要性があつたとしても、事前に十分な説明と実施までに相当な期間を置くべきところ、かかる配慮は一切なされていないのであるから、仮りに被告に休日振替の権利があるとしても、被告のなした本件措置は権利を濫用したものであつて無効である。
四 再抗弁に対する被告の答弁
再抗弁(一)のうち、本件措置につき原告らの同意がなかつたことは認めるが、その余は否認する。休日労働ないし時間外労働は就労義務のない日ないし時に労働させるものであるのに対し、休日振替は休日と就労日とを入れ換えるにすぎないものであるから、休日振替によつて休日を奪うことにはならず、労基法三五条違反の問題は起きない。
同(二)を否認する。被告と分会との間で年間休日に関する労働協約が締結されたことはない。
同(三)、(四)を否認する。
同(五)のうち、就業規則に主張どおりの定めのあることは認めるが、その余を否認する。
同(六)を否認する。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1、2の事実および3のうち、昭和四九年四月一三日、一四日が被告の就業規則所定の休日であつたことは当事者間に争いがない。なお、被告は、原告らの本訴請求には賃金請求権発生の要件事実についての主張がないので、請求自体失当であると述べるが、原告らは、本訴において、被告が右両日における原告らの賃金額を欠勤を理由に控除したのに対し、右の賃金控除を不当として控除された賃金の支払を求めているものであることがその主張自体に照らして明らかである(原告らは本件措置のない状態のもとで稼働したことを直接の理由として賃金の支払を求めているものではない)から、請求の特定性を欠くものとはいえない。
二 進んで、本件措置の有効性、正当性について検討する。
1 被告が交通ストの実施を理由に同年四月一一日、一二日を振替休日、一三日、一四日を振替出勤日とする本件措置をとつたこと、被告の就業規則二八条一項に、業務上必要がある場合には休日を他の日に振替えることができる旨の規定があることは、当事者間に争いがない。
2 業務上の必要性について
(一) 成立に争いのない乙第三八ないし第四〇号証、証人新田喜秋の証言により真正に成立したものと認められる乙第三七号証の一ないし八、第四一号証の一ないし三、第四二、第四三号証、第四四号証の一ないし九、第四六号証、第四七号証の一、二、第四八ないし第五四号証(第四一号証の三、第四二号証については原本の存在をも含む)ならびに証人新田喜秋の証言を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
昭和四九年三月末日当時、被告横浜造船所の手持契約高は、二〇〇〇億円を超えて、同所設立以来の最高額を示し、また、生産高も上昇期にあつて、業務は繁忙をきわめていた。当時の同造船所各部の繁忙状況は次のとおりである。(1)造船工作部においては、鉱石、石油運搬船一隻、石油運搬船二隻、液化石油ガス運搬船二隻を建造中であつたほか、大型海難修理工事「イガラ号」のブロツク製作を行うなど工事量は多く、そのうえ工程はいずれも遅れがちであつた。(2)修繕部では、右「イガラ号」や大型機関修理工事「カレント・トレーダー号」のほか九隻の中間検査工事、定期検査工事があり、一つのドツクまたは岸壁に二隻の船を入れるなどの状態で、工事は輻輳していた。(3)蒸気プラント部では、特殊高圧ボイラ四缶、大型ボイラ六缶等合計二五缶を工事製作中で、それぞれ完了検査、レントゲン検査等の日程を目前に控えていた。(4)デイーゼル部では、デイーゼル機関の生産台数は一一台であつたが、馬力は一三万九四〇〇馬力で同所設立以来二番目の生産実績であつた。(5)鉄構部では、橋梁九件、水道鋼管七件、水門扉二件、ホロージユツトバルブ三件と工事量が多かつたうえに、そのうち、橋梁三件、水道鋼管二件、水門扉一件は同年四月末の工事完了を目指していた。同造船所の同年上期(四月から九月まで)の操業度予想および消化計画によれば、予想工事量は時間に換算して五二六万〇七〇〇時間に及び、同造船所従業員の定時間能力二四五万一六〇〇時間の二倍以上にあたり、右定時間能力を超える部分は、従業員の時間外労働および外注加工等に依存せざるをえない状況にあつた。そのため、同期の時間外労働時間の計画価は一人平均三〇時間を超え、休日出勤人員も一人平均一日以上であり、また、外注率は各部平均四五・二パーセントに及んでいた。このような状況にあつて、当時、手持作業量をいかに有効に消化するかが同造船所の最大の課題であつた。
(二) 原本の存在および成立に争いのない乙第九号証の一ないし四、第五九号証、証人新田喜秋の証言により真正に成立したものと認められる乙第五五号証の一、二、第五六ないし第五八号証、第六〇号証および証人新田喜秋の証言を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
昭和四九年のいわゆる春闘に際し、春闘共闘委員会を構成する交通運輸関係の労働組合は、交通ゼネストを計画し、国鉄労働組合(国労)、国鉄動力車労働組合(動労)が四月一〇日から一三日まで、日本私鉄労働組合総連合会(私鉄総連)が一一日、一二日の両日に、日本都市交通労働組合連合会(都市交通)が一一日から一二日正午まで、タクシー・ハイヤー関係労働組合が一一日(一部一二日まで)に、それぞれストライキを実施することとなり、とりわけ一一日、一二日の両日はほとんどの交通運輸機関がストライキに参加して、空前の交通麻痺の生ずる事態となつた。被告横浜造船所横浜工場、本牧工場に通勤する従業員数は当時、六三五一名であつたが、そのうち、国鉄(京浜東北線、横須賀線、東海道線、横浜線)を利用する者一六四七名、私鉄(東急線、京浜急行線、相鉄線)を利用する者二五六二名、市営バスを利用する者一〇一八名、江ノ島鎌倉観光バスを利用する者七九名、以上が右両日交通ストに参加する交通機関の利用者で合計五三〇六名であり、右以外の手段により通勤する者は、交通ストに参加しない神奈川中央交通バスを利用する者一〇〇名、自家用車、バイクを利用する者四二三名、自転車、徒歩等五二二名合計一〇四五名であつた。そして、交通ストに参加する交通機関を利用している者で、交通スト当日、他の方法によつて出勤可能な従業員を加えても、出勤の期待できる従業員数は二〇〇〇名程度であり、出勤率は三〇パーセント程度と予想された。そのため、同造船所では、バスのチヤーターや宿泊所の確保に努力したが、前記交通ストの規模からして約一〇〇台のバスを必要としたのに、二〇台の確保すら困難な状況であり、また、付近のホテル、旅館等もほとんど予約ずみで、被告所有の宿泊施設(収容人員二五〇名)以外の宿泊場所の確保もできなかつた。ところで、同造船所においては、数人のグループが共同して一つの製品を造り上げていく作業が多いので、右のような出勤率のもとでは工程の円滑な推進は困難であり、安全面の確保にも危惧があつた。
3 本件措置の手続について
前掲各証拠および成立に争いのない乙第八号証の一ないし七、証人新田喜秋の証言により真正に成立したものと認められる乙第三、第四号証、第五号証の一、二、第六、第七号証(第七号証を除きいずれも原本の存在をも含む)ならびに証人新田喜秋の証言を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する原告秋山林一本人尋問の結果は前掲証拠と対比してたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
同年四月初めには、同月一一日、一二日に大規模な前記交通ストの実施が確定的になつたため、被告横浜造船所ではその対策について種々検討した結果、四月一一日、一二日を休日とし、一三日、一四日を就業日とすること、ただし、これを中止する場合にはその決定を四月一〇日に行う、との方針を決め、同月二日、右休日振替を円滑に実施するため、支部および分会に対し休日振替の事情を説明することとしたが、支部との連絡はついたけれども、分会とは連絡がつかなかつた。翌三日、同造船所新田人事課長において、分会の秋山委員長に対し右の事情を説明し、緊急を要するので直ちに従業員全員に休日振替に関する通達を出し、構内放送をする旨を伝えたところ、同委員長からは格別の異議等反対の意思表示は何らなされなかつた。なお、支部からはそのころ休日振替を了承する旨の意思が表明された。そこで、被告は同日前記の方針どおりの措置をとることを決定し、同日付の人事課長通達が発せられたのをはじめ、同日より同月九日まで連日構内放送により、また、掲示や所属長からの口頭指示により、全従業員に対し右決定の周知徹底がはかられた。そして同月一〇日、交通ストの不可避であることが明らかとなつたので、従来の方針どおり休日振替をなすことを最終的に確認し、所長通達、構内放送、掲示、所属長からの指示等によつてその旨の周知がはかられた。なお、分会は同月四日ころ本件休日振替に反対する態度を決め、その後被告との間で団体交渉を行つたりしたが、反対の態度を変えなかつた。
4 以上によれば、被告は、就業規則二八条一項所定の「業務上必要」があつたため、同条項により本件措置をとつたもので、その手続も適正に行われたものと認められる。
原告らは、使用者が一方的に休日振替をなしうる旨の就業規則の定めは、労基法の精神に違反して無効であると主張するが、前記就業規則二八条一項の定めは、使用者に無条件かつ恣意的な休日振替を許容するものではなく、「業務上必要」あるときにのみ振替えうることを定めたものであり、企業の運営上、休日を変更して他に振替える必要の生ずる場合のあることは容易に理解しうるところであるから、右内容の就業規則の定め自体が無効であるものとは到底解しえないので、原告らの右主張は失当である。
三 次に、原告らは本件措置が無効であると主張するので検討する。
1 労基法三五条違反の主張について
(一) 原告らは、四月一三日、一四日の特定した休日を原告らの同意なく他に振替えることは、休日を剥奪したことになり、労基法三五条に違反すると主張する。
ところで、四月一三日(土曜日)、一四日(日曜日)の両日が就業規則所定(二七条一項)の特定された休日であることは当事者間に争いがないところ、前記のとおり、就業規則二八条一項によれば、一定の条件のもとに就業規則所定の休日を他に振替えることができることになつているのであるから、所定の休日は振替のありうることが予定されたうえで特定されているものというべきであり、右の定めは就業規則によるものであることから、その性質上、労働契約の内容をなしているものと解されるので、使用者は、前記の条件が満たされるかぎり、特定された休日を振替えることができるものというべく、たとえ、個々の振替の際に労働者の同意、了解がなくとも、そのことの故に直ちに休日振替が違法、無効となるいわれはないものと解するほかはない。そして、本件においては、四月一三日、一四日の休日を同月一一日、一二日に振替えたのみであるから、後記(三)記載のとおり、労基法三五条一項、二項違反の生ずる余地はないので、したがつて、本件措置が同条に違反して休日を剥奪したことにならないことは明らかである。なお、休日振替は休日労働と異なり休日と就労日とを変更するのみで労働者から休日を奪うものではないから、右両者の法的性質が同一であることを前提とする原告らの主張は失当である。
(二) 原告らは、休日振替には原告ら主張にかかる四つの要件の具備が必要であるところ、本件措置はその大部分の要件を欠くので無効であると主張するが、右主張は独自の見解に基づくもので必ずしも肯認しうるものではないけれども、仮りに右四要件が必要であるとしても、本件措置は就業規則上の根拠を持ち所定の要件を具備していること、本件措置の手続が適正、妥当であつたことは前記認定のとおりであるから、右の要件をも満たしていることになるので、原告らの右主張は失当である。
(三) 原告らは、本件措置により四月一四日からの週には休日が無くなることになるので、かかる措置は労基法三五条に違反すると主張するが、成立に争いのない乙第二号証によれば、同造船所においては就業規則二七条一項により同月二〇日(土曜日)が休日であることが認められるので、四月一四日からの週にも休日が設けられていることになるから、同法三五条一項違反の問題の起きないことは明らかであり、また、少なくとも同条二項の適用が排斥される理由はないので、右主張は失当である。
2 労働協約違反の主張について
原告らは、昭和四九年度の年間休日に関する協定は労働協約としての効力があり、これにより年間休日協定による振替以外に休日振替はしないとの合意がなされたとみるべきであるから、本件措置は右協約に違反して無効であると主張するが、右年間休日に関する定めが書面にして労使双方が署名または記名押印するという方法のとられていないことは原告ら自身認めているところであり、労働組合法一四条により労働協約としての効力を有するものでないことが明らかであるうえに、成立に争いのない乙第一〇号証の一、二、第一一号証(第一〇号証の二については原本の存在をも含む)および証人新田喜秋の証言によれば、年間休日の定めは、夏季および年末年始等に休日を集めて連休を設けるなど労働者の一般的要望を満たすため、就業規則二七条で定められた休日の一部を振替えて、予め年間の休日を決定したものに過ぎないものであることが認められ、右認定に反する証拠はないので、これによれば、年間休日の定めは、就業規則二七条の運用ないしその変更としてなされたもので、就業規則二八条一項の業務上の必要や、災害その他避けることができない事由が偶発的に発生した場合になす休日振替とは性質も根拠も異つているものと認められ、したがつて、年間休日の定めが二八条一項の休日振替を制限ないし禁じるものと解することは到底できないし、ましてや、本件措置は年間休日の定めによつて変更された休日を更に変更したものではなく、就業規則所定の休日を振替えたものであることは前記のとおりであるから、年間休日の定めがあることによつて本件措置が無効になるということはできないので、原告らの右主張は失当である。
3 労使慣行違反の主張について
原告らは、分会の同意のないかぎり、休日、休暇を変更しないとの労使慣行が確立していたと主張し、原告秋山林一本人は右主張に添う供述をするが、右は証人新田喜秋の証言と対比してたやすく措信できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。なお、原告秋山林一本人尋問の結果によれば、昭和四五年七月二五日および昭和四六年七月二四日における年次有給休暇一斉取得の奨励による休日の設定や、昭和四八年四月一日より昭和五一年三月末日までの被告横浜造船所修繕部における従業員の半数に対する休日振替の際に、これらに同意しなかつた原告らに対しては休日を実施しなかつた事実は認められるが、右の休日設定や振替が、いずれも就業規則二八条一項による休日振替の場合でないことは右本人尋問の結果および弁論の全趣旨に照らして明らかであるから、本件とは事案を異にし、労使慣行の存在を推認すべき事情とはなしえない。
4 不当労働行為、就業規則違反、権利濫用の各主張について
原告らは、被告は原告らが分会所属の組合員であることを嫌悪し、本件措置によつて原告らを差別し、不利益取扱をしたと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りず、かえつて、本件措置が業務上の必要性のみからとられたものであることは前記認定のとおりであるから、右主張は失当である。
また、原告らは、本件措置が就業規則二八条一項所定の要件を具備していない、仮りにそうでないとしても権利の濫用であると主張するが、前記認定の事実に照らして右各主張の失当であることは明らかである。もつとも、原告菅野章本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第二七、第二八号証によれば、原告らのうち一部の者は、四月一三日には、立野製作所労組への春闘支援ビラの配布等分会としての行動計画をたてていたこと、原告野村耕一の場合、妻が看護婦で四月一三日は昼間出勤し、翌一四日は午後四時から午後一〇時までの出勤であつたため、同原告自身が幼児二名の世話をする予定となつていたこと、その他休日を利用して種々計画を立てていた者がいたこと、がそれぞれ認められる。しかしながら、前記二3認定のとおり、四月三日には本件措置のとられることが正式に通知され、四月一〇日には右が最終的に確認されてその旨伝達されていたのであるから、たとえ前記の諸計画が立てられていたとしても、変更その他事態に備える方法をとることは十分可能であつたものと推認され、前記二2認定の交通ストに伴う業務上の必要性が顕著に認められる本件においては、本件措置が権利を濫用したものといい得ないことは明白である。
四 以上のとおり、本件措置は正当であると認められ、本件措置によつて出勤日となつた日に欠勤した原告らの賃金を控除した被告の措置に違法のかどはないので、右控除された賃金の支払を求める原告らの本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であつて、棄却を免れない。
よつて、原告らの請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 瀧田薫 吉崎直弥 飯渕進)
(別紙債権目録省略)